うつ病、パニック障害で揺らがない心にするために

2022年9月22日

今回紹介する方法は、管理人がうつ病、パニック障害を克服した体験からすれば、最も重要なポイントになります。

そして、もしこの方法を理解し、取り入れることができれば、克服に向けた土台ができたと言っても過言ではないと思っています。何が最も重要なのかと言えば、この土台をつくるという点にあります。

このサイトでは、呼吸法など技術的な方法も紹介しています。こうした方法を繰り返すことによって、症状を抑えてなくすことはできます。(呼吸法の記事はこちら

症状を抑えた状態を継続することで、やがて病気が消えていくということもあるかもしれません。しかし、まずはこの病気で揺らぐことのない心の土台をつくることが重要と思っています。

管理人の体験からすれば、心のあり方によっては、症状に大きく振り回されたり、病気の状態に戻ろうとする力が働いてしまいます。これでは根本から消すことになりません。

変な言い方になりますが、病気を現状維持しようとする心のあり方、これを取り除くことが根本的に克服することにつながる。自らの体験によって、そのように確信しています。

さらには、心や体の状態や、さまざまな情報によって根本的に揺らぐことのない心をつくるものです。

事実、管理人はこの病気を克服してから、20年以上まったく再発せず、症状の片鱗もなく過ごせています。それはこの方法が、揺らぐことのない土台になっているからだと確信しています。

難しい方法なのかと言えば、そんなことはありません。
この方法の原理はシンプルだと思います。

しかし最も重要な内容でありながら、人によっては抵抗を感じることが予想され、実は最もお話しするのが難しい内容でもあります。
それはいわゆる「一般的な認識」とは異なる部分があるためです。中には宗教なのではないかと疑問を持つ方もおられるかもしれません。

しかしここでは、うつ病、パニック障害を克服する「心の技術」の紹介を目的としています。
(当たり前ですが宗教の勧誘ではありません。お金がかかることもありません。)

誤解を招く可能性を恐れず、方法をありのままお話ししていきたいと思います。

自らの体験をもとに、振り返ってポイントをまとめて方法としてお話ししていきます。
以下、よろしければ参考にしてみてください。

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うつ病、パニック障害で揺らがない心にするために

うつ病、パニック障害のときには、心には様々な否定的な感情、想念が渦巻き、体も様々な症状に振り回され、悩まされます。

そうした状態にあっても揺らがない心にする。
その土台をつくる方法とは、どのようなものなのでしょうか。

管理人の体験からまとめた結論を、最初に申し上げます。
それは、以下のポイントにあることを意識するという方法です。それぞれの詳しい内容は、後ほど順にお話しします。

自分の「本質」が、完全な存在、不変不壊の存在、清浄な存在であると認識する
そして、自分の「本質」に意識を置く

もう一度繰り返しますが、これは宗教の勧誘ではありません。克服するための心の技術としてお話ししています。

先ほどお話ししたように、うつ病、パニック障害のときには、心や体にさまざまな症状が現れます。
そして、意識も好む好まざるとにかかわらず、常にそうした症状に向いてしまいがちです。

しかし、そうした「現象」に意識を向けるのではなく、上記自分という存在の「本質」に意識を向ける。
簡単に言えば、そのような方法です。

心や体に生じている症状などの現象は、あくまで「現象」です。
しかし、自分という存在の「本質」には、何ら影響はないのです。

そして、管理人が自分という存在の「本質」として特に意識していたのは、主に上記の3つでした。
これらは管理人が病気のときに、知識や経験を通じて獲得したものです。

自らの「本質」としてこれら3つを意識したことが、うつ病、パニック障害を完全に抜けさせてくれた。
個人的体験ではありますが、振り返ってそのように確信しています。

なお、これら3つの自分の「本質」に対する認識は、その後、現在に至るまで変わっていません。
そしてこの方法によって心が、自分という存在が揺らがなくなり、その結果20年以上再発せず、症状の片鱗もなく生きてこられた。

自らそのように確信しています。

病気のときにあった数々の症状(→病気だったときの症状【閲覧注意】)も、克服してからは本当にまったく片鱗もありません。症状の揺り戻しのようなことも、まったくありませんでした。

さて、上記にあげた3つについて、言葉は端的ですがなんとなく想像できるのではないかと思います。
以下にこれらの内容を補足し、その後、これらに「意識を置く」とはどういうことなのかお話ししたいと思います。

自分の3つの「本質」

それでは、自分の「本質」として意識する3つについて、以下に詳しくお話しします。

【認識1:完全な存在】
自分の「本質」は、もともと完全な存在であるという認識。
自分という存在は、本質として完全であり、何ごともなし得るものである。
本質として完全な存在なので、何か欠落した存在ではなく、何か変える必要があるというものでもない。

【認識2:不変不壊の存在】
自分の「本質」は、微塵も傷ついたり壊れたりすることはないという認識。
自分という存在は、本質として完全な状態のまま、何か変化したり、影響を受けたりしない。
心の状態が変化したり、肉体が故障、老化したりしてもまったく影響を受けたりしない。

それは、心の想念がさまざまに変化、肉体がさまざまに変化しても、まったく影響はなく、変化しない。
精神的、物理的な影響の下にない存在であり、病気になる前から「本質」は変わっていない。

【認識3:清浄な存在】
自分の「本質」は、汚れたところはなく常に清浄であるという認識。
さまざまな想念、出来事、環境などの影響を感じても、それは表面的に自分を覆っているだけで、「本質」が清浄であることに変わりはない。

これら自分の「本質」というものは、もちろんうつ病、パニック障害になる以前から、病気のときにも、そして病気を克服した後も変わることはありません。そうした「現象」には影響を受けないものです。

自分という存在の「本質」は、いついかなるときも、完全のまま、決して傷ついたり壊れたりせず、光輝く汚れのない清浄な存在である。
こうした自分の「本質」への認識が、何があっても揺らぐことのない心の土台となります。

さて、これまで自分という存在の「本質」と、これを取り巻く「現象」ということを何度かお話ししました。
この点について、もう少しお話ししてみたいと思います。

「現象」と「本質」

うつ病、パニック障害のときには、自らを苦しめる心や体の症状に、自然と意識が向かいがちになります。
そしてそれらが、自分にのっぴきならない影響、変化をもたらし、自分という存在を侵食しているように感じたりもする。

しかしそれらは、本当に自分という存在に、本質的な意味合いで影響を与えているのだろうか。

心と体の症状などの「現象」は、要するにまとわりついて本来の自分をわからなくしているもので、自らの「本質」は決して変わることはない。また、変わる性質のものでもない。

そうした自分の「本質」に意識を向けるようにしていました。

例えるなら、光輝く金の玉を泥の中に落としたならば、表面に泥がついてしまいます。
場合によっては泥に覆われてしまって、泥の玉のように見えることもある。

しかし、それは表面上そのように見えるだけのことであって、金の玉そのものが泥の玉になってしまうことはありません。
それを泥の玉だと認識するのは、誤りです。

しかし「現象」の方が自分だと認識していると、自分は泥になってしまった。
ということで、たいそう慌てるわけです。

そして、自分は泥だという認識ができてしまい、泥を落とそうという気もなくなってくる。
自分が泥だと認識してしまえば、泥を落とす必要があるという認識さえないのではないでしょうか。

本来の自分が金の玉だという認識があれば、たとえ泥がすぐに落ちなくとも慌てることもなく、自分という存在がぶれることもないのです。

日常の中で、さまざまな想念などの汚泥がついたとしても、自分の「本質」は変わることはない。
管理人は自らの体験から、そのような認識をきちんと持つことが大切だと感じました。

この方法を行うことで、不安、恐怖、悲しみなどの「現象」の影響を、根本的には受けなくなる。
「現象」に流されるままだった心が、自分の「本質」に碇を降ろすことで、以前のように心が流されなくなる。

この認識を繰りかえすことで、心の土台ができてくる。
それによって、やがて「現象」があらわれることが減っていき、気がついたときにはなくなっていました。

克服した後も心の土台は揺らぐことなく、これまで病的な状態になったことはありません。
それはこの方法によるものだと感じています。

意識の置くとは

自分の「本質」を認識する。そして、その「本質」に意識を置く。
この「意識を置く」ということについて、すこしお話ししておきたいと思います。
というのも、管理人は体験から、やり方によっては、効果が大きく変わってくると思うからです。

「イメージ」というのは違います

「本質」を認識し、意識するということは、それを「イメージしてみる」ということでしょうか。
心に想い描いてくださいとか、心理学などでこの「イメージ」という言葉をよく聞きます。よく心のイメージが実現します、とかいうものもあります。

しかし、管理人の感覚とは異なります。

心でイメージする、と言った場合、心の想念、作用で作り上げている、というニュアンスが入りませんか?
もっと言えば、心が描いたものなので実際のものではないという虚偽性を無意識に感じてしまうおそれがあります。

自分の「本質」は心で思い描く類のものではありません。また、心で思い描いたから「本質」がそうなるというものでもないです。
当たり前ですが、心に思い描こうが描かなくとも、「本質」は何ら変化しません。

「言い聞かせる」というのは違います

それでは「自分に言い聞かせる」ということでしょうか。

病気のときには管理人もよく行っていた心の動作ですが、これも管理人の感覚では異なります。「自分に言い聞かせる」ということは、それとは異なる状態にあるから言い聞かせている。心のどこかで無意識にそのように感じてしまうおそれがあるのです。

僅かなニュアンスの差なのですが、心に受ける効果というのはだいぶ違うように感じます。

自分の内にもともとあるものを確認した

この言い方が感覚として一番近いと感じます。

思い描くから、言い聞かせるから3つの状態なのでもありません。自分が何かをするからそうなるというのではない。
これらの場合、自分はもともとそうではない、というニュアンスがあります。

もともとあるものを確認した。
それは心に思い描かなくとも、言い聞かせなくとも、もともと「本質」として3つの状態にある。そのことを確認する。

より固い認識と言えるのではないかと感じます。

心に、嘘があると感じさせる隙を与えない。これは心の技術として重要なことだと感じています。

「善」と「愛」

自分という存在のの「本質」として、3つのポイントをお話ししてきました。
症状などの影響を受けない心にするうえで、特に意識していたポイントであることをお話ししました。

心を揺らがなくするという点では、上記の3つで十分だと思います。

ここではこれに付け加える形で、心の状態を改善するとともに、症状の改善にも効果があったと感じる2つのポイントをお話ししたいと思います。

よろしければ参考にしてみてください。

【認識4:善の存在】
自分の「本質」は、本来善なるものだと認識する。
否定的な想念、感情などが生じても自らの本来の性質によるものではなく、「本質」は善であることに変わりない。

うつ病、パニック障害のときに、心に否定的な想念、感情ばかりが満たされていると、そうしたものを生む自分そのものが否定的な存在なのではないかと錯覚することがあります。

この認識を得たことは、管理人が病気を克服するきっかけとなったのですが(→詳しくはうつ病、パニック障害を克服するきっかけとなったエピソード参照)、簡単にお話しすれば、以下のようなものです。

管理人が病気だったとき、たまたま路上生活者に弁当を配布する奉仕活動に参加する機会がありました。このとき、活動に参加できたのである程度回復していたと思うのですが、状態はまだ良いとは言えないものでした。

 

 

【認識5:愛の存在】

自分の存在の「本質」は、愛の存在と認識する。

これもまた、うつ病、パニック障害という病気の克服に、「愛」が何か関係があるのか?
そのように思われる方もいらっしゃるかと思います。

管理人がうつ病、パニック障害だったとき、不安や恐怖心が占めるとともに、その見ている世界はどこか暗く、殺伐としたものでした。
疑心暗鬼になっていて、なかなか他人の言うことを信じられない。

そうした中で、あるとき、この「愛」という言葉を聞いたときに、久しぶりに古い友人に会ったかのような感覚がありました。
病気のときは、この「愛」という言葉すらまったく心に浮かばない状態であり、自分がその感受性を失っていることに気がつきました

他人からの受ける「愛」や「善意」に対しても、自分が本来もっている「愛」の感情に対してもそうです。

この「愛」を意識することは、体感としてうつ病、パニック障害の症状の緩和に効果があると感じました。
また、克服するうえでもこの意識は役に立ちました。

 

ポイント・“愛”の眼鏡をかけて世界を見る

管理人の補足
自分が見たり感じたりしている世界を、そのまま“愛”の現れとして見るということです。常に、この世界の存在そのものが、“愛”の現れであると見るということです。例えば、1人でいるときも、街を歩いているときも、世界をそのように見るということです。常に“愛という眼鏡をかけている”という感覚です。
・管理人の場合、世界をこのように“愛”を見るようにすると、実際に、自分のまわりに、あたたかく、やわらかな“気”のようなものが、常に自分を包んでいるような体感がありました。また、そのような“愛に包まれている”という感覚は、自らの心を非常に安心させる効果が感じられました。

言うまでもないことですが、ここでの“愛”は、必ずしも物質的、肉体的な情愛に限らず、広い意味のものです。

管理人の場合、このように“愛”として世界を見たとき、体の緊張がゆるむとともに、暖かな気に包まれている感覚が自然と体感されました。そして、胸のあたりで、体の気の流れを阻害していた詰まりがとれて、手足の冷えや、体全体の気の流れが良くなったように感じました。表現が難しいのですが、固く冷たくなっていた心に、気が通りはじめた、という感覚です。そういう意味では、心にダイレクトに効果がある方法なのかなとも感じます。

体の緊張がゆるむ、ということの関連で言えば、人の中にいると呼吸が浅くなる、過換気症候の改善もありました

この方法は、サイババの書籍にあったトピックの文言「愛という眼鏡をかけて世界を見る」というフレーズがきっかけとなりました。その言葉どおり世界を見たところ、体感的な変化をすぐに感じることができたためです。変な言い方になりますが、この“愛”という言葉の威力は凄いものだと体感しました

この“愛”という言葉は、キリスト教でも最も重要なキーワードであり、仏教でも同様の内容を指す“慈悲”、儒教では“仁”といった言葉が、やはり重要なキーワードになっています。世界の様々な文化によって表現は異なりますが、いずれでも重要なものと扱われていることは、注目に値することだと思います。

→体感した具体的な内容は 【CHECK】愛の意識と気の流れの変化について

この方法を通じて管理人が思うこと

なぜこの方法で克服することができたのか。
管理人が克服した現在になって思うことを、簡単に紹介しておきたいと思います。

意識の方向の変化

この方法を行うまでは、心に不安、恐怖などの想念があれば、それを必死に否定するという心の作業をしていました。
しかしそうすることで、逆に意識がそれらに向いてしまう。そして、その存在が余計に際立ってしまう。

そうしたジレンマがあったと思います。

心の不安、恐怖といった「現象」ではなく、自分の「本質」に意識を向ける。
これらの「現象」は、自分に根本的な影響をあたえないと認識する。

意識が向かわなくなることで、これらの「現象」に心がとらわれなくなり、消えていったということはあると思います。

自分という存在への認識の変化

他人の視線が気になる。他人と一緒にいるだけで緊張する。
管理人には、そうした傾向がありました。

特に病気のときには、この傾向が強く出ていたと感じます。
なぜそんなに他人の視線を気にするのか、という指摘を受けたこともありました。

この傾向ですが、うつ病、パニック障害を克服するとともに、やがてなくなりました。

それはこの方法を行うことで、自分が何者なのか。

自分のアイデンティティー、自己認識のあり方が変わったということがあると思います。

それまでの自己認識は、相対的なあり方によるものでした。つまり、他人からどう見られているかということが、自分という存在を決めるのに大きな影響を与えている。

これは自己認識の基準が外にある。つまり、自己認識が常に変化にさらされた状態、不安定な状態にあります。

自分の「本質」とは、もともと完全な存在であって、変わる性質のものではない。
これによって自己認識のあり方が大きく変わり、心が揺らがなくなったと感じています。

人間観の変化

人間という存在は、悩んだり、もがいたり、もろく弱い存在だ。
人間の心は、喜び、悲しみなど相反する情念の集合体で、ドロドロした自分でもよくわからないものだ。

病気のときの管理人は、このように言われても違和感を感じなかったと思います。特にうつ病、パニック障害のときというのは、これを地で行く状態にあります。
世間一般でもこのような人間観をモチーフにした文芸、映像、芸術作品などはよく目にするところです。

しかし振り返ってこうした人間観というのは、この状態が前提であることを、無意識に肯定してしまっている。
そして、この状態から外に出ることを阻害しているのではないか。

自らの体験から、そのように感じています。

自分の「本質」は傷ついたり壊れたりしない、不安、恐怖などの「現象」に影響を受けることのない存在である。
この認識を持つことで人間観の土台が大きく変わり、この状態から出ることができたと感じています。

否定的な暗示を受けなくなる

「うつ病」と診断を受け、自分がどういう状態かわからず不安だったのが、この言葉を聞いてどこか安心する。

しかしその後、少しでも不安、恐怖などがあると「自分はうつ病」だと再確認してしまう。
いろいろなことをうつ病と結びつけて捉えてしまい、うつ病を前提とした心の状態「うつ病の自分」から抜けられない。

そしてそれによって、心の不安、恐怖の状態が維持されてしまう。そうした悪いサイクルにはまってしまっている。

病気だったときに、自分にはこうした現象が起こっているのではないかと感じたことがあります。

「うつ病」は医学的な術語ですが、受け止めがネガティブな意味合いのものになっています。
暗示という捉え方をすれば、ネガティブな暗示と言えます。

例えば、医者、カウンセラーに自分の状態を話すときも同じことが言えます。
この場合、話す内容というのは「自分が不安、恐怖にある状態」です。自分はそういう状態にあると自分で再確認することになります。

診断の時と同じように一時的に安心したり、感情の放出があって感情面で落ち着くこともあります。

しかし、何か根本的にすっきりしないという感覚もありました。病気だからということもあるのですが、健常なときとは異なって安定しているような感覚です。

時には、自分で話した後に、逆に心が重くなるということもありました。
これは、先ほどと同様、ネガティブな暗示が入ってしまっている。

このことに気がついたとき、話す内容は自己認識とは別ものと意識することで、影響を受けなくなったということがあります。

この後、自分の「本質」が完全な存在であり、これらの「現象」に影響を受けない存在である。
「うつ病」というのも「現象」に過ぎず、自分の「本質」に影響を与えるものではない。

この認識を行うようになって、ネガティブな暗示を受けることがなくなったと感じています。

ここでお話ししたことは方法の紹介ではなく、克服した後に、結果的にどうしてこの方法が有効だったのか、ポイントを思われるところをまとめたものです。参考にしていただければと思います。

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心のとらわれをなくす方法

これまでは内なる「自己の本質」に意識を置く、自己認識によって克服する方法のお話しをしてきました。
続いて、もう1つ、別の角度からお話しをしたいと思います。

それは自分を取り巻く外界の認識方法を変えるという方法です。
簡単にですが、その方法をお話ししたいと思います。

仏教思想には「空」という言葉があります。
例えば、「色即是空」という句、耳にしたことがあるのではないでしょうか。

ここでは漢字の多い、難しいお話しはしません。仏教思想をお話しするのでもありません。
この言葉を、管理人がうつ病、パニック障害を克服する方法として、どのように使ったのかというお話しをします。

管理人が病気だったときには、
・周囲の存在に圧迫を感じる
・過去の出来事、記憶が頭から離れない
・特定のものに心がこだわりをもってしまう
ということがありました。

周囲の存在の圧迫感については、周りとの関わりを、電話やメールも含めて一切絶ったらうつ病が治った、などという話しを聞いたことがあります。それらは存在しないものとして取り扱う方法と言えます。

このとき、外界の存在から心が開放されている。
そのように言えると思います。

しかし、この事例のように周囲とまったく関わりを持たない、というのは社会生活をするうえでなかなか大変です。
そこで、この「空」という方法になります。

自分が世界を見る視点にこの方法を入れると、ぐっと心が楽になります。

ポイントは、以下のとおりです。

ポイント・すべては永続性のある客観的な実体をもたないものと認識する

管理人の補足要は「すべて移ろうもの」という視点です。あえて誤解を怖れずに言えば、“幻”であると言えます。
・「見る」というより「確認する」と言った方が適切かもしれません。すべて実体のない、移ろうものだということは、合理的に考えても分かることです。それが、体感的にも「見えてくる」というのが正しいかもしれません。
管理人の体感的には、すべてが“芯が抜けたような存在”に感じられることです。これによって自分に押し迫るような感覚が、だいぶ軽減されます。

この“空”という言葉の、体感的な一番の効果は、その“開放感”にあると感じられます。

永続する、というと難しく聞こえるかもしれません。
ずっと変わらずに存在する、と言い換えてよいと思います。

今回は、仏教思想から”空“という言葉を持ってきていますが、すべてが永続性を持たない存在ということは、普通に考えても、至極もっともなことです
しかし、単に日常生活を送っていると、そういう性質に気づかなかったり、忘れたりしてしまう

例えば、心にインパクトのある人間関係、出来事があると、そこに自分の感情も絡まり、それが実体のある壁のような存在として感じられてしまう。一切のすべての存在が例外なく、実体のない”空“であるということは、その壁から”開放“してくれるように感じます。

極端な言い方かもしれませんが、本来の姿というのは、何の縛りもなく”開放“されているということです。仏教思想は、それを一言で”空“と言っています。

逆に、実体であるかのように見せてしまっているのは、心の執着の作用であるとも言っています。管理人の場合、うつ病、パニック障害のときには、偏執的にその傾向が強かったです。特定の物や事柄に、心が勝手にこだわってしまう。

そういう意味でも、この”空“という方法は、非常に有効なのではないかと感じます。

あるいは、周囲の存在だけではなく、自分自身の自己像(自己定義)も固定した実体のように感じてしまうことがあります。職場、学校、家庭での自分のあり方、自己定義が、往々にして自分の心を縛り付けて、苦しい思いに駆られてしまう。

旅行など場所を変えて一時的にそうした自己定義から解放するということもありますが、それだとその世界から出たことになりません。むしろ自分のいるこの世界を、そのまま“開放”してくれるのが、この“空”という言葉ではないでしょうか。変な言い方をすれば、“空化”してみる、ということです。

ところで管理人は当初、この“空”という言葉、訓読みすれば「空(むな)しい」と読むように、すべての存在が無いという、何か“虚無的”な感覚で捉えていました。しかしこの、べては意味がなく虚無であるというのは、悪取空と言うそうです。文字どおり、悪くとった「空」ということです。

仏教思想では、心が執着によって実体と見せかける世界を、“空”と知って抜けた先に、“本質”である仏性があると言います。

前に、「自己の本質」の譬えとして金の玉に泥が付いたお話しをしました。
このサイトでは、内なる神、神性と言っていますが、同じことと感じます。

この”空“という方法、ぜひ試していただければと思います。

潜在意識の活用

人間には自覚している意識のほかに、潜在意識がありますが、中村天風氏が提唱している潜在意識を暗示作用によって活用する方法体験上、有効なのではないかと感じました。
(中村天風氏の詳細は、関連書籍の紹介をご覧ください。)

やり方としては、複雑なものではありません。
その方法は、以下のとおり。

ポイント・寝る前に、じっと鏡を見て「お前は信念強くなる」と言って布団に入る
・翌日、「私は信念強くなった」と言う

* 「あなた」などの言葉でもよいかと思いますが、天風氏の勢いある言葉をそのままに引用しています。

管理人の補足
潜在意識に入りやすいように、
①鏡を見たときに、眉間に意識をもっていく

②潜在意識を含め、自分のすべてが外に開かれているような感覚でする

何故「信念」なのか?
普段、潜在意識には、疑ったり、恐れたりといった雑念、妄念、消極的な観念がたまっているそれを除くには自分は尊く、強く、正しく、清く生きるのだという人生の自覚すなわち信念を潜在意識に呼び起こす

そうすると、心が積極的になって、神(あるいは仏)のエネルギーが生命に流れ込んでくる、というもの。

これが自分の心なのだろうか?
と思うほど、何が起きても揺らぐことがなくなるそうです。

私はうつ病のとき、常に体がだるく、寝ていてさえも体が重く感じるほどでした。朝も当然、布団からなかなか起きられない。昼間でも布団に横になっていることも多くありました。

この暗示作法を始めて体感したことは、次の日の朝の体の感覚です。朝の起き抜けに、体がだるい、重いということがなくなりました。何か、体が勝手に動いていると言ってもよいくらいです。
そのとき、なるほど暗示の効果というのはあるのだな、と感じました。

ただ、あまり即効的に効果がでることを期待しすぎず、毎日、坦々とするということが、継続のコツなのかなと思います。
寝る前に鏡を見て、一言いうだけなので、ほんの数十秒(もかからない?)ことですよね。

私はいまでも毎日、鏡を見てやっています。
お前は信念強くなる、と。

 

 

 

 

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以下は、本サイトが公開している記事とその概要になります。記事をご覧になるときには、タイトル部分(青)をクリックしてください。

メイン記事

うつ病、パニック障害で揺らがない心にするために
この記事では、うつ病、パニック障害で揺らがない心にする「意識づけの方法」を紹介しています。管理人の体験から、完全に克服する上で「特に重要なポイント」だと考えています。
気を下げて丹田に入れることで症状を落ち着かせる方法
この記事では、管理人の体験から、うつ病、パニック障害の克服を「気」という視点でお話しします。うつ病、パニック障害のときに、なぜ丹田呼吸で「気を下げる」必要があるのか。その理由と方法をあわせて紹介しています。
うつ病、パニック障害を克服する過程で修得した呼吸法
この記事では、管理人の体験から、うつ病、パニック障害を克服する過程で行った「呼吸法」を紹介しています。また、管理人が克服する過程で「自ら修得した呼吸法」についても触れています。

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息苦しさの克服に役立った方法について
うつ病、パニック障害、自律神経失調症でよく耳にする症状に「息苦しさ」があります。この記事では、管理人の体験から、この息苦しさに対処し克服するうえでおすすめの方法を紹介しています。
食欲不振、吐き気、嘔吐恐怖の克服に役立った方法について
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HSPの傾向の克服に役立った方法について
HSPとは「非常に感受性が強く敏感な気質を持った人」を指す言葉です。症状ではなく気質を指す言葉ですが、やはり苦しいものです。この記事では、管理人がHSPの傾向を克服するのに役立った方法を紹介しています。

克服過程の記事

うつ病、パニック障害を克服するまでの途 Ⅰ ー 診断を受けるまで ー
管理人がうつ病、パニック障害を克服するまでの経緯を、時系列に沿って紹介しています。この記事では、まず管理人が病院で診断を受けるようになるまでの経緯についてお話しします。
うつ病、パニック障害を克服するまでの途 Ⅱ ー通院、カウンセリングと投薬治療ー
この記事では、管理人が病院で診断を受け、通院と投薬治療をした経緯をお話しします。学生生活復帰へのリハビリ、減薬のきっかけ、心理カウンセリングについてもお話ししています。
うつ病、パニック障害を克服するまでの途 Ⅲ ー 気功との出会い ー
管理人がうつ病、パニック障害を克服する過程で、気功の体験はそれまでの流れを変える大きな転機になりました。この記事では、気功との出会いの経緯、行うことで感じた体の変化などをお話ししています。
うつ病、パニック障害を克服するまでの途 Ⅳ ー 気功と呼吸 ー
この記事は、前回に続いて気功のお話しになります。症状があるとき、体の気はどのように感じられたか。それに対処するためどのようにしていたのか。気功を体験し、自らの体を通してわかったことをお話ししています。
うつ病、パニック障害を克服するまでの途Ⅴ ー 波動水活用の顛末 ー
前回の気功と並行して、波動水の活用を行っていました。MRA(MMRI)という機械で心身の波動を測定し、それを改善する波動水を作製して飲む。その体験がどのようなものだったのか、お話しします。

(克服過程の続きは現在、作成中です)

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