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回復期(鹿児島での生活)

会社を退職してから、私と妻は鹿児島へ住むことになりました。


いきなり、何故?と思われるでしょうが、
私の実家が神道で、その本庁が鹿児島にあったのです。

ちなみに、私の母が鹿児島出身です。
その鹿児島の本庁で、お世話になることになったのです。


鹿児島での生活は、宗教的行事ということもあり、
霊山の草刈りや、本殿の掃除などをして、お給料を貰っていました。


始めは、会社を辞めたことによる開放感と、自然に囲まれたのんびりした環境で、
私のうつは緩和されました。
そのため、心療内科にも通いませんでした。


しかし、夏を迎えた頃、暑さのあまり、夏バテ気味になり、仕事に覇気がなくなってきました。


また、周囲のうつ病に対する理解のなさ、神道の厳しい教えから、
私の仕事振りを非難されるようになりました。

私自身は一生懸命頑張っているつもりでも、
周囲の人にとっては、そうは見られなかったのです。
とにかく叱咤激励され、心身に負担がかかりました。


逆に、妻の方は、不思議なことに、状態がどんどんよくなっていきました。
非常に器量がよくて、私にはもったいないとまで言われました。


そうこうしてるうちに、私のうつはまたもやひどくなってきました。


このままでは、また大変なことになると思い、
たまたま本庁の長男さんが内科のお医者さんで、
その方から、心療内科を紹介してもらいました。


借りていたマンションから徒歩10分くらいにあるクリニックでしたが、
ここの先生もなかなかいい先生でした。
処方された薬は、抗うつ薬に抗不安薬、睡眠導入剤に睡眠薬。

そして、心療内科に通ってから約1週間程たったある日、私のうつは急によくなったのです。


本当に急な出来事でした。忘れもしません。2007年8月28日・・・

この日の昼に、急に調子がよくなったのです。


これは、心療内科に通ったことだけが原因ではないと思います。
1週間で急に調子がよくなるなんて、まず考えられません。


おそらく、毎日、日光に浴びながら作業をしていたということも大きな要因だと思います。

この日を境に、私のうつはどんどんよくなっていきました。



そして、9月に私と妻はめでたく入籍。
さらに10月に親族のみで、結婚式もあげました。


このまま、鹿児島に住んでいたら、私は今頃、神主になっていたでしょう。

でも、やはり、普通に働きたかったので、
鹿児島を離れ、大阪の実家に戻り、そこで就職活動をしようと決心しました。
また、本庁の人たちも、私がそういうつもりなら、大阪で頑張りなさいということでした。


今でも、鹿児島で一緒に働いたおじさんとは、たまに電話で連絡をとっています。


一般に、うつ病を患っているときは、引っ越しをするのはよくないとされています。

引っ越し自体が、大きなストレスであり、
親族が亡くなったときくらいの負担が心身にかかると言われます。
引っ越しをしただけで、うつ病になる人もいるくらいですからね。


しかし、私のように、環境が変わることによって、うつ病がよくなるケースもあるわけです。

環境を変えてみる

これが二つ目の教訓です。

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